それ、価値観。
By Konahiki Yutori (1995-)
いや、なんだろう
どうもでございます。
『hocago Project』ライティング担当のユトリ・コナヒキです。
いや、「いい文章」ってどんな文章なんでしょうね。
いい文章って、各人の価値観が判断するもの。
こっちのほうが好きって人もいるし、あっちが好きって人もいる。
みんな違ってみんないいってやつですよね。
だから、「絶対的な正解」なんて存在しない。
ちなみに僕は、いい文章って、「テンポのよい」文章だと思っています。
人が声に出して読んだときに、小気味よく読めるものが「いい文章」ってやつなんじゃないかなぁと。
「小気味よく」って、どんなんなんだよ!って考えなくちゃ。
だから今回は、「文章を書くときに割と意識していること」、「これ、けっこう重要なんじゃないかなぁ」って考えていることを、ちょっとだけまとめます。
① 句読点
文章を構成するにあたり、必須の要素となる「句読点」。
「。」が句点、「、」が読点です。
前者は文の最後に挿入するもの、後者は文の途中に挿入するもの。
僕はこの要素がとても重要だと考えています。
これってすごく難しい。
句点に関してはほぼほぼ文の最後にしか入らないので何も難しいことはありません。
難しいのは読点。
「、」の位置次第で、文、ひいては文章のイメージがガラッと変わると感じます。
読点を挿入する位置は法律で定められているわけではないので、人によってまちまちなんですよね。
これといった具体例はあげられませんが、とにかく読点の位置がおかしい文は読みづらい。
つまり、テンポが悪い。
それこそ僕の「価値観」の問題かもしれませんが、案外読点がおかしい文章って多いんですよね。
わざと変な位置に打って強調するっていう技法もアリっちゃアリですが笑
そういう点では、↓記事で紹介した広告代理店の就活コピーはほんとうによく考えられています。
あのコピー群を声に出して読んでみてほしい。あれ?っていうほど、テンポよく読めちゃいますよ。
文末表現
文末の表現も文章のテンポが左右される大きなポイントだと思います。
「〜だ、〜である」、「〜です、〜ます」これが文末の主な表現方法。
基本的に、1つの文章の中では文末表現は統一したものを用います。
明らかに表現の異なる「〜です」と「〜だ」は1つの文章の中で共存できないということ。
これは中学校あたりで習う文章の基本です。
でも、「〜です」と「〜ます」同士は共存が可能で、文末表現として何度も1文章中に用いることができます。
この際、気にしなければならないのが、「連続した2つの文で同じ文末表現を用いない」こと。
連続した文で同じ文末表現を用いるってどういうことか? こういうことです。
文末の表現も文章のテンポが左右される大きなポイントだと思います。
「〜だ、〜である」、「〜です、〜ます」これが文末の主な表現方法であると考えます。
基本的に、1つの文章の中では文末表現は統一したものを用います。
明らかに表現の異なる「〜です」と「〜だ」は1つの文章の中で共存できないものであると認識しています。
これは中学校あたりで習う文章の基本だと思います。
でも、「〜です」と「〜ます」同士は共存が可能で、文末表現として何度も1文章中に用いることができます。
この小見出しの上部6文にちょっと変更を加えました。
「〜ます」という文末表現を無理やり連続させ、全ての文にねじ込んだ結果、すごくテンポの悪い文章になってしまいましたね。
2つの連続した文で同じ表現を用いてしまうと、一気に文章のテンポが落ちるのです。
なぜなのかは説明できませんが、無理やりにでも文末表現を変えて文をつなげていくほうが読みやすい文章になります。
僕が仕事で文章を書く際の、最も意識するポイントです。
このポイントって、案外同じことを思っている人は多いのではないでしょうか。
文章って難しい
難しい。だけれど、誰でも書ける。
だから、文章は面白い。世界の人口分だけ、文章がある。
よし、この記事で軽くまとめたポイントは、完全に僕の価値観であるということをお伝えして締めとしたいと思います。
「ライティング」が今後のメインテーマかなぁ。
Avicii – Waiting For Love
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